結論
人生を変えるのは、能力よりも理解者との出会い
「IQが高いと、生きやすそう。」
そんなイメージを持っている人は多いのではないでしょうか。
実際、私もそう思っていました。
勉強や分析では助かったこともたくさんあります。
でも、34年間生きてきて今思うことがあります。
IQが高いことよりも、人生を大きく左右するものがありました。
それは、自分を理解してくれる人の存在です。
今回は、IQ134だった私が人生を振り返って、「これだけは本当に大切だった」と思うことを書いてみます。
子どもの頃は、「なんで怒られるのか」が分かりませんでした
私は昔から先生によく怒られる子どもでした。
今思えば、空気を読むことや、人の表情から気持ちを察することがあまり得意ではなかったのだと思います。
返事の仕方や態度も、周りから見ると少し違って見えていたのかもしれません。
でも、当時の私はそんなこと分かりませんでした。
「なんで俺だけ怒られるんだろう。」
そればかり考えていました。
一番印象に残っているのは、中学校の体育の授業です。
保健体育の時間、返事や態度が悪いと言われ、体育の先生に胸ぐらをつかまれました。
今なら、先生にも先生なりの事情があったのかもしれないと思えます。
でも当時の私は、何が悪かったのか最後まで理解できませんでした。
友達関係も、いじめというほどではありませんでした。
ただ、ゲームをすると何となく仲間外れになる。
そんな経験は何度もありました。
子どもながらに、
「みんなと何か違うんだろうな。」
そんな感覚だけは、ずっとありました。
高校で初めて「話が通じる」という感覚を知りました
高校は偏差値63くらいの進学校へ進学しました。
すると、それまでとは世界が変わりました。
「あれ?話が通じる。」
そう思ったんです。
冗談が伝わる。
考え方が近い。
説明をしなくても理解してもらえる。
今まで「変わっている」と思われていた自分が、普通に友達と笑って話していました。
環境が変わるだけで、人はこんなにも生きやすくなるんだ。
高校生活は、今でも本当に楽しかった思い出です。
今思えば、周りの生徒の学力が高かったことも関係していたのかもしれません。
一般的に、IQが近い人同士の方が話が合いやすいと言われることがあります。
もちろん全員がそうとは限りませんが、私自身は高校に入ってから「自分の居場所が見つかった」と感じました。
IQ134と分かって、自分を責めなくなりました
人生の転機になったのは、ウェクスラー知能検査を受けたことでした。
結果はIQ134。
もちろん、IQが高いことが偉いとは思っていません。
でも、この結果は私を救ってくれました。
それまでは、
「組織になじめないのは、自分が仕事のできない人間だから。」
そう思っていました。
でも検査を受けてからは、
「仕事ができないんじゃない。見えている景色が少し違うだけなのかもしれない。」
そう考えられるようになりました。
自分を責める気持ちが、少しだけ軽くなったんです。
その後、MENSAの交流会にも参加しました。
そこで驚いたのは、自営業の人がとても多かったことです。
もちろん全員ではありません。
でも、
「会社員という働き方が合わなかった人は、自分だけじゃなかったんだ。」
そう思えたことが、とても安心につながりました。
それまで「自分がおかしいんだ」と思っていた気持ちが、「そういう特性を持った人は他にもいるんだ」という気持ちに変わった瞬間でした。
IQが高かったことで助かったこともありました
もちろん、良かったこともたくさんあります。
私は昔から、とにかく分析することが好きです。
YouTubeをやっていた頃も、伸びているチャンネルを何十本も見て、
「なぜこの動画は伸びているんだろう。」
「共通点は何だろう。」
そんなことばかり考えていました。
成功している人の共通点を見つけて、自分なりに取り入れる。
その繰り返しで、収益化することもできました。
株も同じです。
少しでも期待値を高めるために、毎日のようにデータを分析しています。
気が付けば何時間も分析していることがあります。
でも、それが苦ではありません。
むしろ楽しいんです。
周りから見ると、「よくそこまで分析できるね」と言われます。
でも私にとっては趣味のような感覚です。
病院でも、この特性は役に立っています。
先生が次に何を聞こうとしているのか。
どんな説明をしようとしているのか。
そんなことを何となく予測しながら話しています。
そのおかげで、必要な情報を整理して伝えたり、先生の説明を理解したりしやすいと感じています。
また、甥も私とよく似た特性があります。
周りが接し方に悩んでいる場面でも、
「たぶん今こう考えているんだろうな。」
と想像できることがあります。
自分自身が同じような感覚で育ってきたからこそ、分かる部分があるのかもしれません。
だから今では、その経験が誰かを理解することにも役立っていると感じています。
でも、生きづらさも確かにありました
もちろん、良いことばかりではありません。
私は完璧主義なところがあります。
投資でも、自分の思い描いた通りにいかないと、本気で落ち込みます。
ひどいときは数日間、布団から出られないこともありました。
「そこまで落ち込む?」と思われるかもしれません。
でも、自分の中では「もっと良い方法があったはずだ」「なぜ気付けなかったんだ」と考え続けてしまうんです。
分析が好きという長所は、裏を返せば考えすぎる短所でもあります。
また、人間関係でも合理的に考えすぎるところがあります。
「この人と付き合い続けることで、お互いにとってプラスになるのか。」
そんなことまで考えてしまいます。
親戚と衝突したこともありました。
ある出来事について話し合ったとき、私は長期的なメリット・デメリットを考えて判断しました。
一方で、相手は今目の前にある問題を優先していました。
どちらが正しいという話ではありません。
ただ、見ている景色が違った。
それだけだったんだと思います。
今振り返ると、そのとき相手は家庭の事情もあって精神的な余裕がなかったのだと思います。
結果として疎遠になりましたが、その選択自体は後悔していません。
時間が経ち、お互いに余裕ができたら、また自然に関われたらいいなと思っています。
友達が少ないのも、こういう性格が影響していると思います。
私は「広く浅く」付き合うのがあまり得意ではありません。
人数よりも、本当に信頼できる人が一人、二人いてくれた方が幸せです。
私には、一人だけ「翻訳者」がいました
そんな私にも、一人だけ特別な友達がいました。
ここでは、U君と呼びます。
U君とは、不思議なくらい話が合いました。
私が少し変わったことを言っても、
「こいつはそういう考え方をするやつだから。」
と、ごく自然に受け入れてくれるんです。
でも、それ以上に大きかったことがあります。
私が周りから誤解されそうになったとき、
「悪気はないよ。」
「こういう意味で言ってるだけだから。」
と、私の代わりに説明してくれることがよくありました。
今思えば、U君は私にとって翻訳者だったんです。
私の考えを、そのまま周りに伝えてくれる人。
私と周りをつないでくれる人。
そんな存在でした。
おかげで私は、
「変わったやつ」
ではなく、
「ブラックユーモアを言う戦略家。でも悪いやつじゃない。」
そんな立ち位置で周りと関わることができていました。
今振り返ると、もしU君がいなかったら、学生時代はもっと孤独だったと思います。
だから私は本気で思っています。
理解者は、一人いるだけで人生を変える。
ギフテッドや発達特性のある人にとって、この一人の存在は想像以上に大きいのではないでしょうか。
大人になってからも、理解してくれる人はいました
今では、妻の父も私にとって大切な存在です。
本当に頭の回転が速い人で、話していて楽しい。
無理に言葉を選ばなくても伝わる感覚があります。
私が少し突飛なことを言っても、
「なるほど、そういう考え方か。」
と受け止めてくれる。
そういう人と話していると、頭の回転を無理に合わせる必要がありません。
年齢も立場も違います。
友達とはまた違う存在ですが、私にとってはとても貴重な理解者です。
改めて思います。
人生で大切なのは、友達の人数ではありません。
自然体で話せる人がいるかどうか。
私にとっては、その方がずっと大切でした。
人生で一番大切だったのは「理解者」でした
もし今の私が、
「人生で一番大切だったものを一つだけ挙げてください。」
と言われたら、迷わずこう答えます。
理解者です。
IQではありません。
学歴でもありません。
仕事でもありません。
自分を理解してくれる人。
そして、自分と周りをつないでくれる人。
私はそんな存在を、「翻訳者」と呼んでいます。
ギフテッドや発達特性のある人は、悪気がなくても誤解されることがあります。
考え方が少し違うだけなのに、
「変わっている。」
「空気が読めない。」
そんなふうに受け取られてしまうこともあります。
でも、そこに一人だけでも理解者がいると状況は大きく変わります。
「この子は悪気があるわけじゃないよ。」
「こういう考え方をする子なんだよ。」
そう周りに伝えてくれる人がいるだけで、人間関係は驚くほど変わることがあります。
だから私は、親が子どもの環境づくりにある程度関わることには意味があると思っています。
じゃあ、子どもにとっての理解者って誰なんですか?
必ずしも親だけじゃないと思います。先生でも、友達でも、「この子はこういう子なんだ」と分かってくれる人が一人いるだけで大きく変わります。
もちろん、「この子とだけ遊びなさい」と友達を決めることには賛否があるでしょう。
でも、
理解してくれそうな先生。
理解してくれそうな友達。
そういう人と出会える環境を整えることは、親だからこそできる大切な役割ではないでしょうか。
親が子どもの人間関係に関わるのって、やりすぎじゃないですか?
私は、きっかけを作ることは大切だと思っています。ただ、友達を決めるのではなく、子どもが安心できる場所を探してあげるイメージです。
勉強を教えることも大切です。
でも私は、それと同じくらい、いや、それ以上に理解者と出会える環境が大切だと思っています。
今、私は幸せです
今の私は幸せです。
もちろん、不安がないわけではありません。
組織に属していない仕事なので、収入が不安定になることもあります。
それでも、毎日が充実しています。
その一番の理由は、息子です。
息子は、私とよく似た特性を持っています。
それを見ていると、不安よりも楽しみの方が大きいんです。
私はよく、
「強くてニューゲーム」
という言葉を思い浮かべます。
私は、自分を理解してくれる大人がほとんどいない環境で育ちました。
昔の自分と今の息子さんで、一番違うところは何ですか?
最初から理解してくれる人がいることです。それだけで、挑戦できることや自分を信じる力は大きく変わると思います。
だから、何が正解なのか分からないまま遠回りをたくさんしてきました。
でも息子には、最初から理解者がいます。
私です。
もちろん、私の考えを押し付けるつもりはありません。
「自分ができなかったことを息子にやらせたい。」
そんな子育てをしたいわけでもありません。
親の承認欲求を満たすために育てることだけは、絶対にしたくありません。
大切なのは、息子自身が何を感じているか。
何が好きで、何が苦手なのか。
どんな人生を送りたいと思っているのか。
それを一番大切にしたいと思っています。
その上で、私ができることがあるとすれば、
理解してくれる先生に出会えるようにすること。
理解してくれる友達と出会える環境をつくること。
そして、息子にとっての「翻訳者」でいることです。
もし環境をうまく整えることができたら。
もし息子にも、私にとってのU君のような友達ができたら。
どんな未来が待っているんだろう。
そう考えるだけで、今から胸が躍ります。
まとめ
IQが高いことは、人生の武器になる場面があります。
分析力や理解力が役立ったことも、たくさんありました。
でも、それ以上に人生を大きく左右したのは、
理解してくれる人がいること。
そして、
自分らしく過ごせる環境があること。
この二つでした。
もしこの記事を読んでいる方のお子さんがギフテッドかもしれない。
あるいは、発達特性があるかもしれない。
そう感じているなら、勉強を頑張らせることと同じくらい、
「この子を理解してくれる人はいるだろうか。」
という視点も、大切にしてみてください。
きっと、その一人との出会いが、お子さんの人生を大きく変えるかもしれません。
そして最後に、昔の自分に一つだけ言葉をかけられるなら、こう伝えたいです。
「お前は人と少し違う。でも、それは悪いことじゃない。」
「そこまで自分を責めなくていい。」
「できれば中学生の頃から、もう少し偏差値の高い学校へ行ってみろ。」
「きっと、お前みたいなやつが何人もいて、今よりずっと生きやすいぞ。」
36年間生きてきて、私が一番強く思ったことです。
